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【課外レポート】シーア派?スン二派?そもそもイスラム教って何なの? [教養・啓発]


Q、なぜ中東でばかり争いが続くの?


戦争が起こるために必要な最も大きな要素は「資源」「人種」「宗教」に関わることです。
後述しますが、中東にはその3つのうち全て、すなわち人間の争いの種がすべて揃っていることになります。



Q、そもそもイスラム教って何?


イスラム教は、A.D.6世紀、ムハンマドによって現在のサウジアラビアで始められた、キリスト教に次いで世界で2番目に大きな宗教です。


世界人口の20%が入信しており、イスラム教徒は、アラビア語で「神に身を委ねる者」を意味するムスリムと呼ばれています。


ちなみにキリスト教はイスラム教より6世紀以上前に既に存在しています。
アラビア半島には多くのキリスト教徒とユダヤ教徒が暮らしていましたが、アラビアの人たちは、先祖代々伝わる「神教」(宗教ではない、もっと漠然としたもの)を信じていたといいます。


当時、アラビア半島に住む遊牧民たちは、オアシスの水を求めて砂漠をさまよい、貴重な水を巡って部族間での争いを繰り返していました。


そのため遊牧民たちは集団で移動しながら旅をするスタイルが定着し、いつしか木々やオアシスなどの自然の恵みを信仰するようになったといいます。


そうして部族間で争いをしてはいけないという決まり事ができ、部族間の争いは商売へと発展していきます。


やがてメッカに神のお告げが聞ける青年、のちに預言者と呼ばれるムハンマドが現れ、人々に様々な教えを授けました。のちに彼のメッセージがまとめられたものが「コーラン」です。


アダム、アブラハム、モーセ、イエスなどが人々に説いた教えをムハンマドが完全な形にした、とされています。


イスラム教の神はアッラーと呼ばれています。アッラーは唯一神とされていますが、実はアッラーは固有名詞ではなく、アラビア語で神(god)のことを指します。


キリスト教は「エホバ」ヒンズー教ならば「ヴィシュヌ神」といったように、それぞれの神々が固有名詞を持った他の宗教とは異なる点です。



Q、現在のイスラム教徒間の対立「シーア派」「スンニ派」って何?


610年ごろにムハンマドがメッカで起こしたイスラム教は、200人程度の信者しかおらず、他の人々からの冷笑はやがて迫害へと変わっていきました。


そのためムハンマドはヤスリブ(現在のサウジアラビアの都市マディーナ)へ家族と信者たちを逃し、自身も夜闇に紛れてメッカを離れました。


そこでユダヤ人との対立が起き、ついには戦争と呼ばれる規模にまで発展してしまいます。


この後近隣のユダヤ人やメッカと戦闘を繰り返し、630年、ムハンマドは周辺のアラブ人たちを支配下につけ、メッカを占領することに成功しました。(ちなみに630年とは日本が唐との外交のため初めて遣唐使を派遣した年です。)


アラビア半島での大規模な戦闘での勝利の後、ムハンマドの存在はアラビア中に広まり、イスラム教はアラビア圏全体に浸透することになります。


そしてムハンマドの死後、マディーナで選ばれた新たな指導者を認めない勢力と、マディーナ間で後継者戦争が始まります。


それからマディーナによる、軍を維持するための財源を得るための、戦争のための侵略戦争が始まります。


その後侵略による勢力拡大を繰り返し、東ローマ領だったシリア、エジプトを手中におさめ、ついには中東中に教勢を広め、巨大なイスラム帝国を築き上げることに成功します。


しかし勢力の拡大の影響で内部での亀裂が生じ、ムハンマドの子孫のみが世襲により指導者として君臨する資格がある、と主張するシーア派と、血統による世襲にこだわらず、人々から選ばれた者を指導者として望むスンナ派の大きく2つに分かれてしまいます。


お互いの宗教的価値観は受け入れられることはなく、過去のしがらみによる対立が現在までずっと続いています。


そこに政治的な意図や先進国諸国の利害関係も絡み始め、今日の中東では宗教間の争いだけでは言い表せない、複雑な構図の対立が起こっているわけです。


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